蝉日記。 傷だって愛すよ。三十三!。

女の子の部屋に上がり、中を見た時に驚いた。広い部屋が一つある。その他に二つ部屋がある。広い部屋には僕なんかには値段も解らない革張りの椅子が置いてある。応接机みたいなのも。大きな家具や机もある。もう一つの部屋の扉、開き放しになっていてそちらを見た時、大きな冷蔵庫や他にも高価そうな物が。

 「ここに、本当に一人で住んでいるの、、、。」僕は信じられなくて聞いた。

 「うん、一人で住んでるんだよ。男と同棲でもしてるって思ったの。」悪戯の様に冗談まで入れて答える女の子。笑顔で答えてくれるけど僕にはまだ信じられない。僕と同い年の十代の女の子が、一人でこんな生活できる訳がない。不安になる。ある疑いが胸をよぎる。僕は目を閉じてきいてみる。

 「売春とか、、、今は援助交際って綺麗事の様に言うけど、そう言うの、してないよね。」

 女の子は僕の言葉が終わらないうちに被せる様に言ってきた。「違うよ、私。体までは売ってないもん。そこまでは、、、。どうして久しぶりに会ったのにそんな酷いこと言うの。やはり君も私の事、そう言う目で、そう言う女って思ってるんじゃない。」

 「違うよ、そんなふうになんて絶対思ってない。ただ、、、じゃあさ、今、何の仕事してるの、どうしてこんな部屋に住めて高価な家具とか豪華な物とか、たくさんあるの。驚いて、、、。」

 僕は女の子のこと、まだ疑っていた。少し、嫌な予感を感じながら。

 その僕に女の子から言葉が返ってきた。

 「今ね、、、風俗嬢してるの。でもね、本番は無い店だよ。だからお金たくさん稼いでるのよ。」

 最初から解っているつもりで、でも、信じたくない、聞かされたくない事をはっきり言われた時の衝撃がきた。僕は頭にきて哀しくなって叫んだ。

 「嘘つき、嘘つき、嘘つき、さっき売春とか援助交際とかしてないって、体まで売らないって言ってたくせに。やはり体、売ってるじゃないか。やはり嘘じゃないか。どうして、、、。」

 涙こそ、流れなかったけれど、この言葉ぶつけた時、小学生の頃、そして少年院出てすぐあのみんなの駐車場に'さようなら'を言った時に想った事を再び感じた。'遠く夜空に光り輝く星さえも近づいて見ればただの土の塊だった'、遠い夜空の綺麗な星も近づいて見ればただの土の塊だ'って。大切な最後のものに裏切られた様な、、、。

 僕の叫びの後、女の子も言い返してきた。

 「何言ってんの、違うよっ。体なんか売ってないもん。さっき言ったじゃない、体までは売ってないって。風俗嬢って言ったって本番は無いんだよ。本番は絶対しないもん。してないもん。感違いしないでよ。」 

 僕は言い訳と思った。僕を責めている様で、でも女の子自身も後ろ冷たさ感じてる言い方だった。一生懸命言い訳してる様にしか聞こえない。僕は言わなければいけない事は、言わなければ、目が覚めない事は言いにくくても言わなければいけない。

 「本番はしないってさ、じゃあ、どこまでするんだよ。そう言う所、店とか行った事ないからよく解らないけど少しは知ってるよ。話しに聞いてるよ。全然知らない初めて会う客の前で裸になるんだろ、全裸になるんだろ。一緒に風呂とか入ったり色んなところさわられたり、さわったり手とか口でするんだろ。口の中に出されたりするんだろ、一緒だろ、そんなの一緒だよ、体売ってんのと。援助交際しとる馬鹿なやつらと一緒だろ。自分のしてる仕事、大切な人とかに言えるのか、胸張って言えるのか、母親とかにも言えるのかよ。」

 そこまで言った時、女の子は言ってきた。

 「やめて。卑怯だよ、そんな言い方。母親とか出すなんて、、、。」僕はその言葉を無視して続けた。「言えないだろ、母親とかには。つまりそれだけ自分でも後ろ冷たいんだよ。何年かしてさ、本当に愛する人ができて、結婚とかすることになって、その人は、そんな過去も傷も解った上で、許してくれた上での結婚だったとしても、産まれてきた子供には言えないだろ、風俗嬢してたのお母さんって、言えないだろ。」

 「馬鹿みたい、そんなの言う必要なんて無いじゃんか。」

 女の子がまた言ってきた。僕は無視して続ける。

 「ごまかすなよ、開き直るなよ。少年院に入る前にも君には言ったよ。'減るもんじゃない'ってそう言う事してる自分が本当は一番磨り減っていってるって。傷ついていってるんだって。」

 「でもそんな女達を買う男達がいるじゃない。それに、誰とでも寝る女がいて、お金もらうか、ただでやらせるか、それだけの差じゃない、その女にとって。本番してない分だけ、その上お金まで貰えてましだよ。」

 女の子が自暴自棄になってくる。続けて言ってくる。「そんな男は悪くないの、女ばかりが悪いの、買う男がいるからお店も援助交際もあるんじゃない。」

 僕は言う。「そんな事は解ってるよ。僕が言いたいのはそんな事じゃない。違うんだ。別に買いたい男には買わせとけば良いし、売りたい女は売ってれば良い。いつか傷ついた自分に気がつくまで。だけど君がそうならなくても良いではないか。君にはしてほしくない。街で誰が覚醒剤やってようと、狂ってようと溺れてようと構わない。だけど自分の母親とかが覚醒剤やってたら嫌だろ、悲しいだろ、てか辛いだろ、見るのも。君だってそれと同じなんだ、僕にとって君だけは、、、。」

 僕は女の子を責める言葉ばかりを言っている。自分はただのうす汚い少年院帰りの不良少年でしかないくせに。

 本当は女の子だって解ってくれている。本当は女の子も後ろ冷たい気持ちを感じてくれているのが解る。まだ、この子は救われている。

 女の子を独り占めにしたい。'好き'って思うからたかがお金の為に、こんな部屋や家具の為に毎日、何人もの男の前で裸になったり、手で、口で、そいつらの欲望吐き棄てるためだけの人形になってほしくない。そんな人形になってると想うと辛過ぎる。哀しい。

 「ごめんね。」細い小さな声で女の子が言ってくれた。「ごめんね、私、、、。」繰り返して言ってくれた。

 「こんな事してたら駄目だ、もうやめろよ。」

 「私、そんな駄目な事してるかな。」

 「してるよ。」

 「どうしてそんなこと言ってくれるの。」

 「君の為だよ。」

 「私の為。」

 「そう、君の為。でもこれは嫉妬かもしれない。僕の独りよがりな感情かも。でも君が可哀想なんだ。」

 「何で、私、可哀想なんかじゃないよ。」

 「いいから、もう、やめてくれよ。僕は、、、。」

 一瞬の沈黙の後、女の子は僕を見つめて言う。