蝉日記。 人間は本当は優しいはずだった。十ハ!。

少年院の官に言われる聞き飽きた言葉も、味の無い生命を繋ぐだけの食事も、他の少年達との対人関係も、その人間の醜さも、農場での作業も、厳しい強制運動も、身を切る冬の寒さにも、夏の暑さにも、全部に、潰されないように頑張った。

 でも本当の意味で辛いってのは、そう言うことではなくて、食事が不味いとか運動が厳しいとか

農作業が辛いとか冬が寒いとか夏が暑いとか対人関係のうるささとか煩わしさ、醜さとかそんな事ではなくて、鉄格子の中の本当の意味の辛さ、痛さ、悲しさ、哀しさ、寂しさって、もっと別のものだったって気づくのはもっともっと後の大人になってからのことだった。

 愛する人の事を静かに想い出す時、その辛さは本物になると。

 

 時に女の子のこと思い出した。色んな時に女の子が思い出されては、消えた。思い出す回数は多いのに、女の子との思い出は、たった一つ、たった一日しかなくて。

 親とか仲間のことも思い出したりしたけど、女の子のこと一番たくさん思い出した気がする。想った気がする。産んでもらって育ててもらった親、殴りあったりもしたけれど一緒に悪い事もして、一緒に笑いあった仲間達よりもたくさん女の子が出てきた。たった一つの思い出を繰り返し。

 少年院の夜は九時に消灯で寝なくてはいけなくて、眠れなくても、明日の作業や運動が辛いから寝なければって思っても一回だけ抱いただけの女の子が出てくる。

 僕はあの女の子の事、好きになって、しまったのかな。

 女の子を抱いたあの日より前に多くの女と寝たりした。女と付き合ったことも何回もある。でもいつもそれは何となく付き合ったり、性欲で寝たりしてただけで本気で好きになったことも愛したことも無かった気がする。

 現在の僕の気持ちは何なのだろう。自分でもよく解らない。自分が解らない。少年院の毎日の生活に疲れて、潰されて、弱くなってるだけなのかな。だから想い出に縋っているだけなのかな。でも、もしかしたら、これが人を好きになるって事なのか。

 僕はそこまで考えて、でもあんな誰とでも寝る女って否定もして、自分の気持ちになかなか気づけなかった。 

 少年院の中で、鉄格子の中で、人の事を想うのって、結構辛、辛い。想っても、想っても、想っても声も聞けないし姿も見られない。触れられもしない。