蝉日記。 人を愛す痛み。四十五!。

人間の諦める力、慣れって怖い。でもそれがあるから生きていられるのかもしれないけれど。

 無言電話やそんな嫌がらせが気にならなくなりだした頃に女の子は言った。「あのね、、、話しがあるの。」僕はその口調だけで嫌な予感がした。

 「色んな嫌がらせ、あるよね。多分、、、私の知ってる人間なの、、、。」

 その先を聞くのが辛い気がする。でも、聞かなくてはいけない。

 「どんな、、、。」それしか言葉が返せない。

 「怒らないでね、怒らないで聞いて。君と一緒に住む前の話しだから、、、。君が少年院に入っている頃の事の、、、。」

 嫌なことは聞きたくない。だけど、、、聞かなきゃね。「良いから、、、言ってよ。続きを。」できる限りの冷静な表情で、顔で言ってみる。

 「うん、その人ね、私と同じ様にいじめられっ子だったみたいなの。見た目とかは君の方がずっと良いよ。その人ね、すごく太ってて変な黒ぶちの眼鏡までしてて。引き篭もりで、、、おたく、みたいな人。」

 「そんなのとどうやって知り合ったんだよ。」僕の言い方が少しきつくなる。

 「あのね、、、。」言いにくそうな女の子。 

 「はっきり言ってよ。大切な事だろ。」

 「うん、風俗の店に居た頃の客だった人なの。その人、年齢は私らより二つくらい上で、その日、初めて風俗の店きて。」

 「それで。」僕は聞いてて辛くなってきたけど、痛かったけど聞いてしまう。

 「私がその人について、、、色んな話ししてたら、その人小学校、中学校とずっといじめられてたって話してくれて、それで高校も行かず登校拒否からそのまま引き篭もりになって、今日初めて風俗の店来たって言ってて、、、。」女の子はまた繰り返してる。

 「ずっといじめられてたんだって。その人はね、家が貧乏なのにその人は太ってて、理由もこじつけられていじめられてたみたい。私、ずっとその話し聞いてて、、、。」

 'ずっといじめられてて'そればかりを'その人もいじめられてて'そればかりを繰り返し強く言う女の子。哀しい。僕は言う。「だから同情したって言うのかよ。」

 「私もね、いじめられてたんだ、ずっと。って話しをしてたら気があって、、、それから店の外で何回か会う様になって、、、。」女の子は下を向いて話している。「色んな話しもしたの。多くはいじめの話しなんだけど。」僕の方を全く見ないで話しだけしてる。「同情って言われれば、そうだったかもしれない。同情も確かにしたし、されたし。傷を舐め合ってた。でもね、その人には君に話した私の初体験の話しとか、色んな男と寝てた事とかそんな話しはしてない。

 いじめの話しばかり、、、お互いの、、、。でもね、その人も君と似たような事言ってたよ。風俗嬢はやめてくれって。何回も言われた。何か、それを'大切にされてる'って錯覚して嬉しくなっちゃった。店はやめはしなかったけど。」

 僕は声を絞り出すよ。「それで、、、。」

 女の子が続ける。「それで、、、ごめんね、、、ごめんなさい。」

 「わかったよ。もう解ったよ。でも本当にそいつなのか。」

 「うん、多分、、、。」

 僕はさぼてんの花を、そして蝉の声を、見て、聞いている様だった。僕は、僕は、、、強くなんか無かった。

 その夜の無言電話を僕は取った。

 「、、、。」やはり無言電話だった。僕は言った。「もう解ったよ、お前のこと。あいつから聞いたよ。何が言いたいんだ、何がしたいんだ、何を伝えたいんだ、言えよ。」

 「、、、。」やはり無言で何も返してこない。僕は言った。「一度、会うか。こんな事繰り返していても仕方ないだろ。来いよ。明日。駅の前の階段で。夜、十時。必ず行くから。」

 「、、、。」

 相手はまだ無言。電話を切った。女の子は目を合わせようとしない。